フランコ・バレージ

【国籍】 イタリア
【生年月日】 1960年5月8日
【身長/体重】 176cm/70kg
【ポジション】 DF(SW)
【利き足】 右
1980年代から90年代のサッカー界において「世界最高のリベロ」と言われた名ディフェンダーで、イタリア史上最高のキャプテンと称されている選手です。
バレージはその高いディフェンス能力はもちろん、戦術眼にも優れており、常に冷静にディフェンスラインを統率しながら味方を指揮して相手のボールの出所を封殺していました。
また、DFとしては決して大柄な体格ではないのですが、1対1も強く、相手との駆け引きや間合いの取り方が非常に巧くて、相手ストライカーのスピードを封じてしまうようなマークをしていました。
バレージは14歳の時、1974年にACミランのプリマヴェーラ(ユースチーム)に入団しました。
そして1978年にトップチームに昇格、プロデビューを飾ります。
翌年にレギュラーに定着したバレージはリーグ優勝に貢献し、一躍クラブの主役となりました。
しかし1980年、イタリアサッカー界に大規模な不法賭博スキャンダルが発覚し、事件に関与したとされたACミランはSSラツィオと共にセリエBへの降格処分となりました。
1シーズンで1部に昇格したミランでしたが、スキャンダルの余波で主力選手が次々と移籍し、バレージ自身もウイルス性疾患を患い数ヶ月の離脱を余儀なくされ、1981−82シーズン、チームは14位に終わり再び降格します。
この時期はチームもバレージもまさに暗黒の時代でした。
その間にもバレージの元には魅力的なオファーが次々と届いており、ミラニスタ(ミランサポーター)でさえ、バレージがミランの元を離れるのは仕方のない事だと思っていました。しかしバレージは頑としてミランと運命を共にする事を選びます。
その後1983年にミランはセリエAに復帰しますが、不振な成績が続き人気も下降します。当時のインタビューによれば、選手たちへの給料配布も週給となり、経営難から支払いが止まることもあったといいます。
そんな暗黒のミランでしたが、1986年に実業家シルヴィオ・ベルルスコーニがミランの会長に就任するとクラブの経営状況は一変します。
豊富な資金力で翌1987年に2人のオランダ人、ルート・フリットとマルコ・ファン・バステンを獲得、さらに当時無名であったアリゴ・サッキを監督に就任させました。
そしてサッキ監督の提案するゾーンプレス戦術をバレージは見事に体現してチームを牽引し、当時若手だったパオロ・マルディーニやアレッサンドロ・コスタクルタとともに強固なバックラインを形成します。
そしてこのシーズン、ミランはディエゴ・マラドーナを擁したSSCナポリを押さえスクデットを獲得しました。
1988年にはフランク・ライカールトが加入し、主将バレージ率いる守備陣と「オランダトリオ」とが見事に機能し、圧倒的な強さでUEFAチャンピオンズカップを獲得します。
以降1990年代半ばまでの数年間、ACミランはリーグ優勝、チャンピオンズカップなど数多くのタイトルを獲得するなど、黄金時代を築き上げ、バレージは主将として、そして不動のディフェンスリーダーとしてチームを牽引し続けました。
バレージは1990年のイタリアW杯では、イタリア代表のキャプテンとして全7試合にフル出場し3位の成績でした。
1994年のアメリカW杯では、大会中に膝を痛め一時戦線離脱しますが、すぐに手術を行い、驚異的な回復を見せて決勝の対ブラジル戦で復帰します。
そしてバレージは病み上がりとは思えないパフォーマンスを見せ、バレージ、マルディーニらのイタリア守備陣は、大会最強のツートップと言われていたロマーリオ、ベベットを封じ込めてブラジル攻撃陣を零封しましたが、PK戦でバレージ自身も失敗してチームは敗れ、準優勝に終わりました。
バレージは1997年に現役引退を発表します。
ミラン一筋であったバレージは、ミランで「541」試合に出場しており、これは同一クラブにおける通算試合出場数のセリエA歴代2位の記録となっています。
(2007年現在、1位はパオロ・マルディーニ)
バレージは引退後、ACミランのプリマヴェーラのコーチとACミランの名誉副会長職に就任しています。
またバレージの功績に敬意を表し、バレージの象徴であった背番号「6」はACミランの永久欠番とされました。
ウイニングイレブンではイタリアクラシックスに登場し、ディフェンスに必要な能力と特殊能力を全て兼ね備えています!
やはりSWとしてディフェンスの中心に配置すると、非常に頼りになる選手です!
→ACミラン 選手支給品・実使用品等
→イタリア代表 選手支給品・実使用品等
↓1990/イタリア/ホーム/BARESI

↓02/03/イタリア/ホーム/BARESI

↓07/08/ACミラン フーデッドトップ

↓95/96/ACミラン/3rd

↓99/00/ACミラン/100周年記念ユニホーム

↓1988/ACミラン ヘリテージトラックトップ

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