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クラウディオ・カニージャ

【国籍】 アルゼンチン
【生年月日】 1967年1月9日
【身長/体重】 172cm67kg
【ポジション】 FW
【利き足】 右
陸上選手並みの走力を持つ典型的な高速ウインガーとして知られ、長髪をなびかせながら圧倒的なスピードを誇るドリブルで相手を切り崩すのが得意のパターン。
またウインガーながらシュートの精度・威力共に高いものを持ち、スピードに乗ったドリブルから放たれる際には恐るべき威力を誇りました。
身体能力にも定評があり、アルゼンチンを代表するウインガーとして、80年代後半から90年代の代表を支えていた選手です。背番号は好んで「7」を付けていました。
さらにヘアバンドと長い金髪がトレードマークでもあり、美形選手としても人気がありました。「カニーヒア」と表記されることもあります。
カニージャは、代表では1987年にイタリア戦でデビューすると、その年の南米選手権では若手の筆頭として活躍し、その後は主力としてディエゴ・マラドーナと数多くの大会で2トップを組み、「マラドーナの恋人」と呼ばれるほど高い連携を見せました。
1990年のイタリアW杯では6試合に出場し、2ゴールをマーク。このうち、準々決勝のブラジル戦でマラドーナのスルーパスから決めたものは、アルゼンチンがW杯で初めてブラジルを破る記念のゴールでした。
またグループリーグのカメルーン戦では、2人の相手ディフェンダーがカニージャのあまりのスピードについていけずに危険なファウルを犯し、立て続けに退場、という出来事も起こりました。
カニージャは1994年のアメリカW杯にも出場しますが、怪我のため出場は3試合で2ゴールという結果でした。
また、カニージャはピッチ外でもマラドーナの弟分としても知られていましたが、素行の悪さまで似たのか度々問題行動を起こし、1993年にはコカインの使用で13ヶ月間の出場停止処分を受けたほか、1998年にはフランスW杯直前に、靴屋で値札の張り替え事件を起こし逮捕され、代表からも外されています。
その後しばらく代表から遠ざかっていたカニージャでしたが、当時の所属クラブのレンジャーズを優勝に導いた活躍が認められ、2002年には久々に代表復帰を果たし、更には日韓W杯のメンバーにも選出され、周囲を驚かせました。
しかし本大会では出場機会がないまま、スウェーデン戦ではベンチから暴言を吐き退場。試合に全く出場しないまま、退席処分を受けるという珍記録を作ってしまいました。
その後2003年にカタールに移籍し、2005年を最後に現役を引退しました。
ウイニングイレブンでは、能力低下の傾向にあります。是非とも彼の全盛期時代の能力に設定して欲しいところです。
↓00/02/アルゼンチン/ホーム/半袖

↓98/99/アルゼンチン/ホーム/長袖

↓04/グラスゴー・レンジャーズ/ホーム/半袖

↓ボカ・ジュニアーズ 100周年記念ゲームシャツ

↓THINヘアバンド

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