ジブリル・シセ

【国籍】 フランス
【生年月日】 1981年8月12日
【身長/体重】 182cm/78kg
【ポジション】 FW
【利き足】 右
【所属】 オリンピック・マルセイユ
抜群のスピードと身体能力で相手DFを振り切り、左右両足から強烈なシュートを放つストライカーで、その豪快なプレイスタイルから「フランスの怪物」と称されます。
しかし、好不調の波がある選手で、ゴール前でのシュート精度に欠けるとも言われています。
シセは、1998年〜2004年まで所属していたフランスのAJオセールでは、2001ー02シーズンに22ゴールを挙げ、初のリーグ・アン得点王に輝きます。
2003−04シーズンにも26ゴールで得点王になり、チームのUEFAカップ出場権獲得に貢献しました。
2004−05シーズンには、イングランド・プレミアリーグのリバプールに移籍しましたが、ラファエル・ベニテス監督の唱えるサッカーにもなかなか馴染めず、スタメンから遠ざかる日々が続きました。
さらにシーズン途中の試合中に重傷(左足腓骨・脛骨の同時骨折)を負うなど苦難続きでしたが、怪我の癒えた2005−06シーズンからは徐々に本来の実力を発揮しつつありました。
フランス代表にも選ばれていたシセでしたが、2006年ドイツW杯開幕を直前に控えた中国との親善試合で骨折してしまい、フランスにとって大きな痛手となりました。
結局、本大会ではフランス代表の前線はアンリ任せになりましたが、シセが出場していればまた違う展開になっていたはずです。
その後、2006シーズンからはフランスのマルセイユにレンタル移籍し、2007年にマルセイユと5年契約を結んでいます。
シセは奇抜なヘアスタイルでも注目を集めていますが、彼の妻が美容師らしく、しょっちゅうカットしてもらっているようです。
ウイニングイレブンでは、ストライカーとして十分使えるレベルの選手です。
特にスピードとシュート力が長けているので、それを生かしたプレーをして下さい!
↓07/08/マルセイユ/ホーム/長袖

↓07/08/マルセイユ/アウェイ/長袖

↓07/08/マルセイユ レインジャケット

↓2006フランス代表の軌跡

↓2006 フランス代表ポスター
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ジネディーヌ・ジダン
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ポスター!
【国籍】 フランス
【生年月日】 1972年6月23日
【身長/体重】 185cm/80kg
【ポジション】 MF
【利き足】 右
サッカー史上最も偉大な選手の一人と評価されており、90年代後半から2000年代前半までの全盛期においては、「世界最高のサッカー選手」と称えられました。
FIFA最優秀選手賞3度、バロンドール、ゴールデンボール賞などの個人タイトルに加え、W杯、EURO(欧州選手権)、トヨタカップ、チャンピオンズリーグなどの主要タイトルをすべて制覇しています。
ジダンは、パス、ドリブル、トラップといったボールを扱うテクニックは超一級品で、シュート、フリーキックの精度も高く、ボールコントロールに関しては歴代の名選手の中でも別格でした。
恵まれた体格の上体を生かして懐深くボールをキープし、両足を巧みに使いながら複数の相手DFをかわし、抜群の視野の広さを持って前線へ正確なパスを送るプレーがジダンの真骨頂。
まるで踊っているかのような優雅なボールキープで試合を支配する様は指揮者を意味する「マエストロ」とも評されました。
ジダンの周りだけ違う時間が流れている様に見える独特のボールタッチや、殆ど倒れそうな状態からでも正確なパスを送る事のできるバランス感覚など、人間技とは思えないほどのプレーをすることから、「宇宙人」とのニックネームもつけられました。
世界的スターが集まった2000年代前半の銀河系軍団・レアル・マドリードでも、ジダンの存在感は際立っていて、多くの評論家・解説者が「ジダンのプレーは次元が違う」「彼は別の惑星から来た選手なのか」とため息を漏らしていました。
チームメイトのベッカムやロナウドといった一流の選手も「世界最高の選手」と公言していました。
見ている側からは上手くて華麗といった評価がほとんどですが、実際に対戦した選手からは、特にフィジカルの強さを強調する感想が多く、ボールをとられないためにテクニックだけでなく当たりの強さも持ち合わせていることが彼のプレーの下支えとなっていたようです。
また、試合中はトップ下に配置されていても良い意味でほとんどその場所にいることはなく、相手監督は本来のジダンがいるはずの場所とジダン本人にマークを付けなくてはならないため、よく敵チームの監督からは最も対戦したくない選手に挙げられていました。
ジダンの得意技「マルセイユ・ルーレット」とは、ドリブルの途中、両足の裏でボールを転がしながら1回転をし、プレスに来た相手選手をかわす技です。
これはジダン自身が考案した技ではないのですが、トッププレーヤーでこの技を試合中に頻発させるのはジダン以外にいなかったため、ジダンの代名詞ともなっています。
これはジダンの両方の足を利き足のように扱う事ができる卓越した技術があるからです。ただし彼自身、必要な場合に使うのであって相手選手に失礼になるような使い方をしてはならないという発言を残しています。
また、W杯通算12試合5得点、欧州選手権通算13試合5得点などの成績が示すように、大きな大会になるほど力を発揮するのもジダンの特徴でした。
1998年のフランスW杯、ブラジルとの決勝戦で、ジダンはCKからのヘディングで2得点を挙げました。
特に、2点目はブラジルの守備の要であったドゥンガを弾きとばしての得点でした。
レアル・マドリード時代の2002年ヨーロッパ・チャンピオンズリーグ決勝のレバークーゼン戦でのゴールは、ジダンのテクニック・勝負強さを最も物語っているプレーでした。
1対1の同点で迎えた前半終了間際、ロベルト・カルロスが左サイドから送った山なりのボールを、ペナルティエリアの外から左足でダイレクトボレーシュート! ボールは綺麗な弧を描きゴール左上隅に突き刺さりました。
サッカー史上最も美しいゴールのひとつと言われるこのボレーが決勝点となり、ジダンはキャリア初のチャンピオンズリーグ制覇を成し遂げることとなりました。
さらに、現役最後の大会となったドイツW杯でも、低調だったグループリーグから一変、決勝トーナメントでは全盛期を彷彿とさせるプレーでフランスを決勝にまで導きました。
準々決勝ブラジル戦ではアンリの決勝ゴールをアシストし、この試合のMVPに選ばれています。
これまでジダンのアシストからアンリがゴールを決める場面は、共に出場したフランス代表55試合において、意外と1つもなく、メディアからの批判を受けていましたが、これが最初で最後のジダンからアンリへのアシストになりました。
ジダンにとって現役最後の試合となったイタリアとの決勝戦、延長後半5分、相手DFマテラッツィの胸元に頭突きを喰らわせて、ジダンは一発退場となります。
その直前に、ジダンとマテラッツィは2,3の言葉を交わしており、両者ともその内容について沈黙を続けたため、世界中で様々な憶測が飛び交い、マテラッツィによる人種差別発言の有無も取り沙汰され、社会問題となりました。
そんなジダンの子供時代からのアイドルは、元マルセイユでウルグアイ代表だった、エンツォ・フランチェスコリでした。
自分の子供に「エンツォ」の名前を付けるほど尊敬しており、選手として初めて対戦した1996年のトヨタカップではユニフォーム交換をし、感激した様子でした。
ちなみにディエゴ・マラドーナとジダンが番組で衛星対談した時、対談中にマラドーナを最高のプレイヤーといっておきながら、ジダンが息子の名前をエンツォ・フランチェスコリからとったことをマラドーナから言及され、「彼はあなたの次にベストな選手なので……」と苦しい言い訳をしていたようです。
ウイニングイレブン10ではジダンが現役選手として登録されており、能力はピーク時に比べてかなり低下していました。
今後はクラシック選手として登場すると思いますが、ピーク時の能力なら最強クラスだと思います!
しかも彼ならマルセイユ・ルーレット成功率100%なので、対人戦では使いまくって下さい

↓05/07/フランス/ホーム/半袖

↓06/08/フランス/アウェイ/半袖

↓01/02/レアル・マドリード/ホーム/半袖

↓ジダン着用モデル

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↓2006 フランス代表ポスター
↓01/02/レアル・マドリード ポスター
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バカリ・サニャ

【国籍】 フランス
【生年月日】 1983年2月14日
【身長/体重】 177cm/71kg
【ポジション】 DF(RSB)
【利き足】 右
【所属】 アーセナルFC
2007年にフランスのAJアセールからイギリスのアーセナルFCに移籍してきた選手で、ドレッドヘアに白髪や金髪という一度見たら忘れられない外見の選手です。
外見だけでなく、優れた身体能力や豊富な運動量を持ち、積極的な攻撃参加を見せるなど、アーセナルの右サイドバックに定着しつつあります。
2007年11月に行われたプレミアリーグの首位攻防戦・対マンチェスターUとの試合では、前半に先制されたアーセナルでしたが、後半開始早々から右SBのサニャが積極的に上がってサイド攻撃を展開します。
すると47分、右サイドのエブエが放り込んだボールをアデバヨールがファンデルサールと競り、このこぼれ球をサニャがゴールラインぎりぎりで折り返し、ゴール前で受けたセスクが冷静に決めて同点としました。
最近ではフランス代表にも選ばれています。
ウイニングイレブン10でも彼はいますが、まだまだ能力は低めです。
今後間違いなくもっと注目される選手だと思うので、今後に期待!
↓06/08/アーセナル/ホーム/半袖

↓07/08/アーセナル/3rd/半袖

↓07/08/アーセナル ウーブン・ウォームアップスーツ - Navy

↓08/09/フランス/ホーム/EURO2008、2010W杯予選モデル

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エリック・カントナ
↑ポスター!
【国籍】 フランス
【生年月日】 1966年5月24日
【身長/体重】 188cm/88kg
【ポジション】 FW,MF
【利き足】 右
「エリック・ザ・キング」の異名を持つ彼は、重戦車のような体でピッチを駆け回り、相手選手を威圧するだけでなく、そのボールさばきも天才的で、技術的には完璧に近かった選手です。
これだけなら他にも優れた選手はいますが、カントナをカントナたらしめたのはその類まれなるイマジネーションでした。
そのイマジネーション溢れるプレースタイルは、ベッカムをして、「一緒にプレイした中では彼がベスト。彼のようなカリスマになることが僕の夢」と言わしめました。
ピッチ上でカントナに不可能は無く、彼の頭の中で試合をしているような、それほど他の選手に影響力のある選手でした。
ユニフォームの襟を立てる着こなしは、彼が元祖といわれています。
1992年〜1997年までマンチェスター・ユナイテッドでプレーしていたカントナですが、
1995年1月25日、クリスタル・パレス戦においてレッドカードを宣告され退場するカントナに「カントナ失せろ。シャワーを浴びて帰れ!」と野次を飛ばしたクリスタル・パレスのサポーターに対して、カントナがいきなり飛び蹴りを放ちました。(ファンの間では「カンフーキック」「カントナキック」と呼ばれています!)
カントナは元々あまりおとなしいタイプでは無かったんですが、これは大きな批判を呼び、約4ヶ月間の社会奉仕活動、1年弱の出場停止処分を言い渡されました。
また、EURO1996のフランス代表発表の際に、ジネディーヌ・ジダンが頭角を現してきたことや世代交代の波もあり、カントナはフランス代表から外されました。
当時のフランス代表監督のエメ・ジャケは、カントナに代表落選を告げる時のことを「死ぬほど怖かった」と語っています。
カントナは、マンチェスター・ユナイテッドにて、ファンが選ぶ歴代No.1「7」に選ばれています。
そしてカントナは1997年に現役引退後、主に俳優として活動しています。
2006年には、NIKEの「JOGA BONITOシリーズ」のCMに出演しています。
ウイニングイレブンでは、彼をCFとしてゴールを狙うのが良いと思います。
↓05/07/フランス/ホーム/長袖

↓95/96/マンチェスターU/アウェイ

↓01/02/マンチェスターU 100周年記念シャツ

↓07/08/マンチェスターU/ポロシャツ

↓07/08/マンチェスターU/レプリカボール

↓96/97/マンチェスターU 集合ポスター
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