サリー・ムンタリ

【国籍】 ガーナ
【生年月日】 1984年8月27日
【身長/体重】 180cm/76kg
【ポジション】 MF
【利き足】 左
【所属】 ポーツマスFC
超人的な身体能力を生かしたダイナミックなプレーでボールを奪うボランチで、豊富な運動量で中盤を駆け回るガーナ期待の若手選手です。
高いテクニックを持っており、パスセンスも良く、豪快なミドルシュートも得意としています。
また、非常に闘争心溢れる選手で、体中に傷がある選手としても知られています。
ムンタリは16歳でプロデビューし、2001年からセリエAのウディネーゼへ移籍します。
最初のシーズンこそサブでしたが、2002年11月のミラン戦でセリエAデビューを果たすと、才能の片鱗を見せ、脚光を浴びるようになりました。
04/05シーズンは、クラブ史上最高順位となる4位でリーグを終え、チャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献しました。
そして2007年からは、クラブ史上最高額の約17億円の移籍金でプレミアリーグのポーツマスへ移籍しています。
ムンタリはガーナ代表として2006年ドイツW杯に出場しました。
本大会ではエッシェン、アッピアーらとともに奮闘し、アフリカ勢で唯一決勝トーナメントに進出しました。
グループリーグの対チェコ戦では1得点1アシストで勝利に貢献しており、この時のムンタリの得点後の独特のゴールパフォーマンスは注目を浴びました。
ウイニングイレブンではまだ能力はさほど高くないですが、CMFやDMFとして使いやすい選手だと思います。
そしてマスターリーグでは結構伸びます!
↓05/06/ウディネーゼ/ホーム

↓07/08/ウディネーゼ プレゼンテーションスーツ

↓05/06/ウディネーゼ/アウェイ

↓05/06/ウディネーゼ/3rd

↓07/08/ポーツマス/ホーム

↓1980's ガーナ レトロホームシャツ

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オーガスティン・オコチャ

【国籍】 ナイジェリア
【生年月日】 1973年8月14日
【身長/体重】 175cm/70kg
【ポジション】 MF
【利き足】 右
【所属】 ハル・シティ(イングランド)
非常に高度なテクニックと遊び心を持ち、変幻自在のドリブル、数多くのフェイントを駆使したトリックプレー、そして強烈なシュートと独特のゴールパフォーマンスで観客を魅了するアフリカ大陸屈指のファンタジスタです。 ニックネームは「ジェイジェイ」。
オコチャのプレーは非常にトリッキーな上に遊び心が満載で、独特のまたぎフェイントやノールックヒールパス、ヒールリフトなどを試合中にいとも簡単にやってのけます。
オコチャはスピード自体は特に速いわけではないのですが、技の切れと独特の間合いで相手DFのリズムを狂わして抜き去ります。
中でも得意としているのは、『オコチャ・フェイント』『オコチャ・ダンス』と呼ばれるまたぎフェイントで、右足の足裏で左斜め前にボールを転がすと、反対の左足でそのボールを右方向に蹴ると見せかけてまたぎ、もう一度そのまたいだ左足のアウトサイドを返す形で左に抜けて行く、という技です。
オコチャはこの一連の動作を高速で流れる様に繰り出すため、あたかも相手をからかって踊っているかのように見えます。そして対応する相手選手はバランスを乱してかわされてしまうわけです。
オコチャは1992年にドイツのフランクフルトでプロ契約しました。
1993年のカールスルーエ戦では、相手ペナルティエリア内で魔法めいたドリブルで相手DF陣を振り回し、守護神のオリバー・カーンをも振り回してゴールを奪いました。そしてこのゴールでオコチャは年間最優秀ゴール賞を獲得しています。
その後1996年にはトルコのフェネルバチェに移籍し、移籍初年度にリーグ優勝します。オコチャは絶大な存在感を示し、トルコでアイドル的存在となりました。
1998年にはフランスのパリSGに移籍しましたが、好不調の波が激しく出場機会も減り、2002年からイングランド・プレミアリーグのボルトンに移籍しました。
2002-03シーズンのボルトンは最後の最後まで降格の危機にさらされていましたが、オコチャの神がかり的な活躍で残留することができました。
ボルトンでは日本の中田英寿とも一緒にプレーしていました。
オコチャはナイジェリア代表としては1993年に代表デビューをし、ワールドカップは1994年アメリカW杯、1998年フランスW杯、2002年日韓W杯の3大会に出場しています。
さらに1996年に出場したアトランタ・オリンピックでは、ナイジェリア代表は「スーパーイーグルス」と呼ばれ、サッカー界に旋風を巻き起こしました。
この時のメンバーはオコチャ以外にも、ババヤロ、ウエスト、オリセー、カヌ、アモカチ、アムニケ、ババンギダ、など強烈に個性溢れる顔ぶれでした。
そしてロナウドやリバウドがいたブラジル、クレスポやクラウディオ・ロペスがいたアルゼンチンに勝利し見事金メダルを獲得します。これはアフリカ勢初の国際タイトルでした。
ウイニングイレブンではドリブル精度とテクニックがずば抜けて高く、非常にボールが取られにくいです!
ただ、スタミナが少ないのでフル出場はお勧めできません。ポジションは色々できますが、OMFで攻撃に専念させるのが良いと思います。
↓07/08/ハルシティ/ホーム

↓03/05/ボルトン/ホーム

↓05/06/ボルトン/アウェイ

↓03/04/ボルトン/アウェイ

↓05/07/ナイジェリア/ホーム

↓02/03/ナイジェリア/ホーム

↓00/02/ナイジェリア/ホーム

↓01/02/パリSG/ホーム

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タグ : オコチャ オコチャダンス オコチャフェイント スーパーイーグルス ヒールリフト アトランタオリンピック ナイジェリア
マイケル・エッシェン

【国籍】 ガーナ
【生年月日】 1982年12月8日
【身長/体重】 178cm/84kg
【ポジション】 MF,DF
【利き足】 右
【所属】 チェルシー
「4つの肺を持つ男」と言われるほどの驚異的なスタミナを持ち、抜群の身体能力を駆使した高いディフェンス能力や視野の広い展開力、そして時折見せる強烈なミドルシュートが持ち味で、そのスケールの大きさから「サイボーグ」「エイリアン」「バイソン」(野牛)などとも呼ばれいる選手です。
現在所属しているチェルシーではセンターハーフやボランチで起用される事が多いのですが、センターバックやサイドバックでもプレーできる起用さも持っており、また怪我も少なくプレーの安定度が高いため非常に重宝されている選手です。
元フランス代表のエリック・カントナに憧れてサッカーを始めたエッシェンは、2000年にフランスのSCバスティアでプロデビューします。
そして2003年にリヨンに移籍したエッシェンはブレイクします。
2003−04シーズンはフランスリーグ優勝、UEFAチャンピオンズリーグではベスト8進出に大きく貢献し、2004−05シーズンにはフランスリーグ最優秀選手にも輝きました。
そして2005年8月、その活躍に目を付けたイングランド・プレミアリーグのチェルシーが、3800万ユーロ(約51億円)という破格の移籍金でエッシェンを獲得します。
当時、3800万ユーロというのはフランスのクラブに支払われた額としては史上最高でしたが、エッシェンはその後チェルシーでもレギュラーとして活躍し、モウリーニョ前監督からは「ジョン・テリーやドログバと並び、代えの利かない選手」と賞賛されています。
エッシェンはガーナ代表としても2006年のドイツW杯に出場し、予選グループでアメリカ、チェコに勝って決勝トーンメント進出に貢献しました。
ガーナは決勝トーナメント1回戦でブラジルに敗れましたが、この試合エッシェンは累積による出場停止で出場できませんでした。
ガーナは途中までブラジルを苦しめており、もしこの試合にエッシェンが出場していれば違う展開になっていたかもしれません。
ウイニングイレブンではDMFで使うのが良いと思います。
全体的にバランスの取れている選手で欠点が少なく、非常に使いやすい選手です!
↓06/07/ガーナ/ホーム

↓1980's/ガーナ/ホーム/レトロシャツ

↓ガーナ ジャガードマフラー

↓06/07/バスティア/ホーム

↓02/03/リヨン/アウェイ

↓06/08/チェルシー/ホーム

↓07/08/チェルシー/アウェイ

↓07/08/チェルシー/3rd

↓06/07/チェルシー ポスター
↓2006 チェルシー プレミアリーグ優勝ポスター
↓05/06/チェルシー ポスター
↓チェルシー100周年エンブレムポスター
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ティジャニ・ババンギダ

【国籍】 ナイジェリア
【生年月日】 1973年9月25日
【身長/体重】 169cm/69kg
【ポジション】 FW(WG)
【利き足】 右
1990年代に「スーパーイーグルス」と言われ注目を集めたナイジェリア代表で活躍した超快足ウイング。
足の速い選手が多いナイジェリア代表の中でも、最も速かった選手と言われています。
ババンギダは、1996年にオランダのアヤックス・アムステルダムに移籍し、UEFAチャンピオンズリーグに出場しました。
翌1997−98シーズンには13ゴールを挙げ、アヤックスのリーグ優勝に大きく貢献しています。
1996年はカヌ、アムニケらとともにナイジェリア代表としてアトランタオリンピックに出場し、金メダルを獲得しました。
1998年のフランスW杯にも出場しています。
代表チームではフィニディ・ジョージの代役のイメージがありましたが、試合に途中から出場し人間離れしたスピードで敵陣をかき回す姿は観る者に強いインパクトを与えました。
2000年以後は層の厚いアヤックスの中でなかなかポジションを奪えず、レンタル移籍で世界各地のクラブを転々とし、2005年に現役を引退しています。
ウイニングイレブンでは、10には登場していませんでした。
しかし、以前彼が登場していた時は、間違いなくゲーム上最速選手で、彼を使ったことのある人も結構多いと思います。
今後クラシック選手として登場してくれる事を願います!もちろんスピード、加速ともに99で!
↓ナイジェリア ジャガードマフラー

↓1980 ナイジェリア トラックジャケット

↓06/07/ナイジェリア/ホーム

↓99/00/アヤックス/アウェイ

↓97/98/アヤックス/ホーム

↓97/98/アヤックス/アウェイ

↓95/96/アヤックス/アウェイ

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タリボ・ウエスト

【国籍】 ナイジェリア
【生年月日】 1974年3月26日
【身長/体重】 186cm/87kg
【ポジション】 DF(CB)
【利き足】 右
【所属】 パイカン(イラン)
長身で身体能力が高く、それを生かしたマンマークと激しいタックル、そして時折見せるタイミングの良い攻撃参加が持ち味のパワフルでハードなCBで、まさしくエースキラーでした。
さらに、所属しているチームカラーのリボンを髪の毛に織り込むというヘアースタイルは1度見たら忘れられないでしょう。
彼は、1993年〜1997年まで所属していたフランスのオセールでは2度のリーグ優勝に貢献しました。
97/98シーズンにイタリアのインテルに引き抜かれると、ベルゴミやサネッティなどのワールドクラスのDFと共に堅守を築きます。
99/00シーズンはACミランに移籍しますが、定位置を確保できずに終わりました。
その後はイングランドへレンタルされたり、無所属状態が続いたりするなど不安定な状況が続き、02/03シーズンから所属していたパルチザン(セルビア)でも、当時のマテウス監督の信頼を得ることができませんでした。
以降はカタール、イングランドなどチームが頻繁に変わっている状況となっています。
ナイジェリア代表としては、1996年のアトランタ五輪のメンバーに入り、全6試合に出場し、ブラジルのロナウドやアルゼンチンのクレスポなどに仕事をさせず、優勝(金メダル)に貢献しました。
1998年のフランスW杯ではDF陣の中軸として4試合に出場し、決勝トーナメント進出を果たしました。
2002年の日韓W杯予選でも7試合に出場して2大会連続出場を決めると、本大会開催時は無所属ながらメンバーに入り、2試合出場しています。
ちなみに彼はなかなかの問題児でしたが、キリシタンでもあるようです。
ウイニングイレブン10では彼は登場していませんでした。
髪型エディットで、どう見ても彼のヘアスタイルはあったのですが。。。
↓00/02/ナイジェリア/ホーム/半袖

↓02/03/ナイジェリア/ホーム/半袖

⇒ インテル 選手支給品・実使用品等
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